--/--/-- (--) スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006/12/22 (Fri) 「ありがとう」
19:30からの会議を45分で終わらせ、急いで映画「ありがとう」を観に行きました。本日が最終上映日。
この映画は、阪神淡路大震災の被災地である、鷹取商店街に店を構えていたカメラ屋の店主であり、現在シニアのプロゴルフツアーで活躍する、プロゴルファー、古市忠夫さんをモチーフにしたノンフィクション映画。私自身、この映画を観るまで古市さんの事は存じませんでしたしたが、阪神淡路大震災で崩壊した町並みは、今でも鮮明に覚えております。直接震災を体験した訳ではないのですが、阪神淡路大震災が起きたのは、私が高三の冬。そして初めて被災地へ行ったのは、高校の卒業式が終わってからでした。その時の自分は、受験したすべての大学に落ち、浪人生活しかない無力な春でした。親ともなかなか話が合わず、最初で最後!?の親への反抗期(ちょっと遅いのですが・・)。そんな中、母が私に封筒を渡しました。「これで世間を見て来なさい」と渡した封筒。中を見てみると10万円入ってました。私はその10万円で初めて一人旅をしました。行き先は神戸。新幹線と電車を乗り継ぎ三宮駅まで行きました。そこから先は、線路が遮断されており、電車では不可能。関西方面へ行かれた方はご存知かと思いますが、電車の中は普段とてもにぎやかなはずが、震災地へ電車が進むにつれて、車内が静かになっていき、車窓から崩壊した町並みが見えてくると、車内が一気に静まり返りました。その時私は、「ボランティアでもできたらいいな」位の浅はかな気持ちで電車に乗っており、震災の光景を目の当りにした時、「中途半端な自分が来る場所ではない。自分は何をしに着たんだ」って、すごく思いました。最終駅の三宮に着くと私は電車を降り、すぐさま逃げるように引き返しました。もちろんその後は自分が何をすべきか解っていましたので、ただ受験勉強に没頭しました。震災直後、消防団として被災地住民を救助する傍ら、目の前で多くの友人を亡くし、それでも尚明るく街の復興に力を注ぐ古市さん。街の復興に目処が立つと、次に家族を養う為にプロゴルファーを目指す。最初は皆に反対されていましたが、黙々とトレーニングを積む姿に少しずつ賛同を得て、家族に支えられ、回りの方々へ支えられながら、見事プロテストに合格。
現在古市さんは、シニアのプロゴルフツアーで活躍されております。「ありがとう」は古市さんの口癖のように感じられました。そしてその言葉が古市さんの明るさの源のよにも感じました。

ありがとう」温かい言葉ですね。
arigato.gif

comment

そういえば、震災に行ったことをお話していましたね。
僕は、映画「ありがとう」をドタキャンして「手紙」を見た者です。
2006/12/26 15:26 | ゆきぐま [ 編集 ]
ゆきぐまさん>ゆきぐまさんもよく「手紙」書いてなかったでしたっけ?ゆきぐまさんに「アドレス教えて」って言われ、昔、家の住所を聞かれた事がありました(笑)。
2006/12/27 17:40 | 町長 [ 編集 ]
文章力をつける練習してます。
手紙ってもらうとうれしいですね。
2007/01/10 19:53 | ゆきぐま [ 編集 ]








ブログ管理人にのみ表示を許可する

trackback

trackback_url
http://konaya3.blog78.fc2.com/tb.php/55-3f49e026

プロフィール

578

Author:578

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。